「日本教育工学会の将来構想について」答申

2020年11月21日
日本教育工学会 将来構想ワーキンググループ

2018年11月に諮問された件について、将来構想ワーキンググループは以下の通り答申します。

1. はじめに

 2018年11月に、鈴木克明会長から諮問を受け、美馬のゆり(公立はこだて未来大学)をリーダーとして、将来構想ワーキンググループ(以下、WGという)が2年間の時限付きで設立された。2020年11月に答申(最終報告書)を出すことをWGの目的とし、議論が進められた。
 この背景として、人口減少社会が到来するとともに、“新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化をはじめ社会のあらゆる領域での活動の基盤として飛躍的に重要性を増す”知識基盤社会となったことなどが影響して、研究環境も大きく変化し、学会のあり方が問われていることがある。また、オープンサイエンスが進むにつれ、論文誌の購読料の無料化なども広がり、学会のビジネスモデルの再検討が求められている。
 日本教育工学会では、これまでにもSIG(スペシャル・インタレスト・グループ)の立ち上げや学会2回化などをはじめとしたさまざまな活動に取り組んできた。近年、少子化やデジタル化が進んでいる中で、学校でのICT(情報通信技術)の活用、大学の教職員のスキルアップ(FD:ファカルティ・ディベロップメント、SD:スタッフ・ディベロップメント)、生涯学習環境の整備など、いずれも教育工学に関係する人材の育成が求められてきている。これらの背景から、学会のミッションを改めて見直し、日本教育工学会のビジョン、ミッションを定義し、それにあわせた到達目標と評価指標の設定、中期目標を策定することが必要となる。
 諮問事項を踏まえ、学会の将来像として、会員の互助組織からの脱却、学術への貢献や研究の推進、社会への貢献、現場への貢献、教育行政への提言などが求められる。
 本答申は、これからの日本教育工学会(以下、JSETという)のあり方について、WGの2年間の活動で得られた結果をまとめたものである。

将来構想WGメンバー(2018年11月~2020年11月)
WG長:美馬のゆり(公立はこだて未来大学)
副WG長:村上正行(大阪大学)(2019年6月より)
メンバー:岸磨貴子(明治大学)、重田勝介(北海道大学)、 瀬戸崎典夫(長崎大学)、永田智子(兵庫教育大学)、 松田岳士(東京都立大学(2020年3月まで首都大学東京))、望月俊男(専修大学)、森田裕介(早稲田大学)(2019年6月まで副WG長)(五十音順)

2. JSET 2030に向けて JSETの基本方針

 WGでJSETのこれまでの活動を振り返り、ビジョン、ミッションや将来について考えるための議論を進める中で、日本教育工学会が発足以来有してきた考え方、基本方針(principles)について、改めて考えることとなった。下記の5点にまとめ、この基本方針に基づき、将来構想について検討した。

  • Interdisciplinary   学際性のある学会
  • Diverse        多様な研究・多様な研究者が存在する学会
  • Open         開かれた学会
  • Flexible        柔軟性のある学会
  • Accountable     内外に情報を発信する学会

3. WGの活動の概要

WGの活動開始にあたり、WGの議論の過程や途中結果を理事会だけでなく、広く会員に公開し、意見を収集する機会を設けることにした。2018年11月にWGが設立された後、7回のミーティング、4回のイベント(シンポジウム、ラウンドテーブル、2回の全国大会における企画セッション)を開催した。コロナ禍の影響もあり、2020年はオンラインでの開催となったが、ミーティングで議論した内容を、イベントで会員に進捗報告を行い、WGの活動を可視化するとともに、会員から広く意見を募集した。

●第1回ミーティング(2018/12/27〜29)
・将来構想WGの設立の背景と経緯
・3つのミッション(学術貢献、人材育成、社会貢献)
・学会における現状の課題の洗い出し
・10年後に向けた学会の達成目標、重点事項、具体的活動についての整理

●第2回ミーティング(2019/3/25)
・各委員からの提案
・第1回ミーティングでの議論に基づいた4つのテーマの策定
 (a) 完全日英二言語化 (b) スキルの資格ならびに資格の認定
 (c) 論文誌の定期刊行化 (d) データに基づく経営判断システムの構築

●日本教育工学会シンポジウム「JSET Vision 2030の提案に向けて」(2019/6/29)
東京工業大学大岡山キャンパス 参加者:64名(オンライン参加者14名を含む)
・4つのテーマに関する問題提起、テーマ毎にわかれての参加者による議論

●日本教育工学会2019年秋季全国大会企画セッション6 「JSET Vision 2030:学会の将来構想公開討論会」(2019/9/8)
名古屋国際会議場 参加者:40名程度
・4つのテーマに関する問題提起、テーマ毎にわかれての参加者による議論

●将来構想WG中間報告(2019/11/27:理事会への報告)

●第3回ミーティング(2020/1/21、1/28)
・学会のミッションや具体的施策についてのまとめ
・学会のビジョン、教育工学の再定義に関する議論の必要性
・教育工学とは、JSETとは、JSETの活動として何をすべきか、について
・今後のWGの進め方について

●第4回ミーティング(2020/3/1)
・各委員から、教育工学、JSETの定義、JSETのビジョン・ミッション案の提案

●日本教育工学会ラウンドテーブル「コロナ禍におけるJSETの役割を考える」(2020/6/20)
オンライン開催 参加者:90名
・JSETとして取り組むべきことや取り組んでほしいことについて議論

●第5回ミーティング(2020/7/14)
・2020年6月のラウンドテーブルの議論の振り返り
・2020年9月の秋季全国大会 企画セッション案の検討
・ビジョン・ミッション案についての議論

●第6回ミーティング(2020/8/1、8/7)
・ビジョン・ミッション案についての議論
・2020年9月の秋季全国大会 企画セッションの打ち合わせ

●日本教育工学会2020年秋季全国大会企画セッション 「JSET Vision 2030:学会の将来構想公開討論会」(2020/9/12)
オンライン開催 参加者:120名程度
・JSET Vision 2030について(美馬)
・WGがとりまとめた20年後の学会像(松田)
・JSETのビジョン・ミッションを考える(村上)
・質疑応答

●第7回ミーティング(2020/10/22、10/27)
・答申案作成の打ち合わせ

4. JSETのビジョン・ミッション・バリュー・達成目標

 WGでの議論を通して、ビジョンとして下記の3点にまとめた。別添資料「日本教育工学会将来構想WG答申(ポイント)」参照。

2030年に向けたJSETのビジョン
 日本教育工学会は、変革する社会における教育の課題を解決するために、
  ・教育工学研究の推進
  ・教育工学マインドを持った人材の育成
  ・教育工学研究の知見に基づいた社会貢献 を進める。

ビジョンを具現化するために下記の3つのミッションを定める。
 1.活動の体系化・重点化を通して「魅力ある学会」へ
 2.学会運営の透明化・合理化によって「開かれた学会」へ
 3.持続可能な体制構築によって「基盤の安定した学会」へ

ミッションとその達成のためのバリュー(行動基準)の到達度を測るために、それぞれに達成目標を設定した。

4.1 魅力ある学会

 魅力ある学会を具現化するために、既存の活動の体系化・重点化を行う。ミッションとして、研究の活性化、人材育成、国際化の推進を定める。
 論文誌のさらなる充実や2回化された全国大会をはじめ、研究会、SIGなどのイベントを積極的に開催することにより、会員の研究活動を支援し、学会全体として研究の活性化を目指す。到達目標として、参加者数・発表数・投稿数の倍増を設定する。
 先に述べた会員の研究活動の支援に加え、SIG-01・SIG-07が行ってきた大学教員を対象としたFD研修会やSIG-04が行ってきた「ICT研修ファシリテーター養成講座」など、教育工学の研究知見を活かした人材育成の活動を進めていく。また、コミュニティ構築企画などによる若手研究者や新規会員に対する支援を行い、学会として多面的に教育工学の人材育成を行う。到達目標として、人材育成のスキーム確立を設定する。
 論文誌、全国大会、研究会の作業や発表言語、Webサイト、News Letterなどにおける日英二言語化、全国大会におけるPresident TalkやInternational Sessionなどの実施、AECT(米国教育コミュニケーション・工学会)等との連携などによって国際化を推進する。到達目標として、学会活動の完全日英二言語化を設定する。

4.2 開かれた学会

 開かれた学会を具現化するために、学会運営の透明化・合理化を進める。ミッションとして、システムの改善・開発、会員との双方向の情報チャンネルの整備、学会IR(インスティテューショナル・リサーチ)の常態化を定める。
 Webサイトによる情報発信に加え、会員ページによる個別の情報提供、全国大会や研究会などのイベント運営に関するシステムなど、学会の活動を支援するためのシステムの改善・開発を行う。到達目標として、システム統合とユーザビリティ向上を設定する。
 これまで全国大会時のアンケートやパブリックコメントなどによって会員から意見を収集してきたが、恒常的に会員からの意見収集を行うことができるようにし、システム面を含めた会員と学会における双方向の情報チャンネルを整備することを目指す。到達目標として、情報収集・交換・発信の方法の構築を設定する。
 学会が所有するさまざまなデータを一元管理できるような環境を整備し、システムを開発し,適切な学会運営の支援を行うことができる学会IRを常態化できるようにする。達成目標として、データに基づく判断の仕組み作りを設定する。

4.3 基盤の安定した学会

 基盤の安定した学会を具現化するために、持続可能性を高めるための取り組みを行っていく。ミッションとして、法人化の達成、会員数の増加、多様な収入源を定める。
社会的信用のある組織となることを目的として、法人化の達成があげられる。一般社団法人としての定款を整備し、法務局に登記することが必要となる。到達目標として、一般社団法人の設立を設定しているが、本件については2021年3月に達成される予定である。
 魅力ある学会、開かれた学会であげてきたミッションを推し進めることに加え、学会外への広報を充実させることなどによって、会員数の増加を目指す。到達目標として、会員数6,000名の達成を設定する。
 法人化によって新たな活動が可能となり、データに基づいた学会のマネジメントなどにより、多様な収入源の確保を目指すことが可能となる。到達目標として、事業収入と寄付受付の増加を設定する。

5. ニューノーマル時代におけるJSETの今後の活動

 2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に伴い、状況が大きく変化した。学校現場や企業などにおいて対策が必要となったが、日本教育工学会の会員が各組織で重要な役割を担っていた。このような背景から、2020年6月のラウンドテーブルにて、“JSETが学会として取り組むべき、取り組んでほしいことを提案”してもらい、グループワークを行った。その結果を整理し、ニューノーマル時代におけるJSETの活動に反映することを目指す。
 オンライン授業関連の知見の集約や共有が必要となり、オンライン授業のID、オンライン授業関連のシステム開発、オンライン授業における評価、オンライン授業におけるFDなどが考えられる。また、コンテンツの作成やその方法の共有、オンライン授業を適切に実施できる教員のコンピテンシの策定や育成なども求められる。このような状況において、教育工学を専門にしていない教職員、教育関係者へのアプローチが重要となる。
 また、教育活動と著作権に関する文科省への働きかけや産業界への提言・要望など、JSETが産官学連携を取り持つことで国や自治体、企業と連携、協力を強化することも必要である。また、以前から重要なテーマであったアクティブラーニングやラーニング・アナリティクスなど、ニューノーマル時代にさらに重要性を増す領域の強化も求められる。

5. さいごに

 WGの活動をするなかで、多くの気づきがあった。はじめに学会の持つデータから現状を把握しようとしたところ、会員プロフィールのデータが揃っていないことや、脱会する理由などを把握していないことが明らかになった。入手できたデータからは、論文査読者が一部の会員に集中していて大きな負担となっていることなども明らかになった。WGの議論の経過は、機会を見て理事会で報告してきた。その中には答申を待たず、すぐに実現した方がよいと理事会が判断したものもあり、改善に向け動き出した。WGの活動とともに、安定した学会運営基盤の構築に向け、法人化の動きも進んだ。さらには、大会の年2回化も開始された。2020年に入りCOVID-19の感染拡大したことから大会がオンラインで開催され、その経験から、ネットを利用した活動の新たな可能性も見出されている。
 WGの検討内容は、総会シンポジウムや大会などの機会を利用して公開し、広く意見を募ってきた。特に、COVID-19の感染が拡大する中で収集された意見をみてみると、学校現場で急速にオンライン化への対応が求められ、学会の社会的役割が再認識されたことが分かった。さらには、これまで学会として会員に対し、学会に対する要望を調査してこなかったことや、大会や研究会終了後に参加者からフィードバックを得ていなかったことが明らかになった。これらのことは、理事を務めている者は大いに反省しなければならないが、一方でこの気づきはWGの活動を通して見えてきた大きな成果の1つであるとも言える。
 WGのメンバーは、各委員会で活動する若手メンバーから構成された。社会が大きく変革している中で、今回のWGで検討した内容だけでなく、検討してきた経験が、今後の学会運営を担っていく世代を巻き込みながら大きなうねりとなって、学会が研究を推進し、人材を育成しつつ、社会へ大きく貢献し、さらに発展していくことを期待している。

資料

以上