2022/11/24
日本教育工学会2021年秋季全国大会(第39回)の報告
2021年10月16日(土)~17日(日)にオンラインで開催されました日本教育工学会 2021年秋季全国大会(第39回)は,一般会員414人,学生会員160人,非会員44人,非会員学生53 人,関係者(企業展示,取材ほか)11人の合計682人にご参加いただきました.多くの関係者の皆様のご協力のおかげで無事に終えることができました.この場をお借りして御礼申し上げます.
今回の実施に関しては,ハイブリッドで実施する予定でしたが,前回と同じく感染予防の観点からやむを得ずオンライン1本に絞ることにいたしました.昨年の進め方を踏襲した運営を進めながらも,より良い大会になるよう努めてまいりましたがまだ改善の余地があります.アンケートでも様々なご意見を頂きましたので,次年度もさらに充実した大会となるよう努めてまいります.
さて,第 39 回大会で行いましたキーノート・シンポジウム,President Talk,チュートリアルセッション,企画セッションについて報告します.
大会企画委員会委員長 森田裕介(早稲田大学)
キーノート・シンポジウム
<シンポジウム1>
キーノートでは,溝上慎一(桐蔭学園)が「エージェンシーと非認知能力からコンピテンシー育成とGIGAスクール構想を考える」と題して講演した.未来への変革をもたらす「変革的コンピテンシー」を定め,学びに向かう力・人間性等,主体的学習,OECDのエージェンシー,認知・非認知(社会情緒的)スキルなどとの関係を説明した.そして「変革的コンピテンシー」「2つのライフ」「経験への開かれ」によって特徴付けられる「時間・空間を拡張するエージェンシー」の重要性を述べ,それらはDXやSTEAM,GIGAスクール構想などと強く関連するとした.
シンポジウム1では,「未来への変革をもたらすコンピテンシーの育成とGIGAスクール構想」と題して,引き続き登壇の溝上のほか,パネリストとして,重田勝介(北海道大学),塚田淳(福岡県教育委員会),長野健吉(京都教育大学附属桃山小学校),指定討論者として,堀田龍也(東北大学,JSET会長),コーディネータとして高橋純(東京学芸大学)によって討議が進められた.
長野は,「子ども同士の対話を生み出すICTを活用した授業実践」と題して報告を行い,ICTの活用を通して,自己,他者,対象世界との対話を通した学習の質を上げることができる一方で,AIが高次の学力を直接的に育成するものではないと指摘した.重田は,「ICTを活用したコンピテンシー育成の可能性と課題」と題して報告を行い,ICTによって,きめ細やかな学習評価,学習成果の可視化と共有,コンピテンシー育成手法の多様化といった可能性がある一方で,過度な学習評価による学習の妨げがあり得るといった課題を指摘した.塚田は,「福岡県の義務教育におけるICT活用推進の進捗と課題」と題して報告を行い,本大会開催地である福岡県における教育の情報化について,授業や学習指導の改善状況,教員研修,ICT環境整備,市町村との連携など多岐にわたる観点からまとめた.続いて,指定討論者の堀田から,コンテンツベースの指導からコンピテンシーやエージェンシー育成に向かう際の,授業の設計原理,学習プラットフォーム等の設計原理などはどうあるべきか,教育する側のマインドセットの醸成のための工夫といった論点が示された.その後の討論では,アクティブ・ラーニングと探究的な学習が重要な指導法になること,その際,時代が求める資質・能力への変化を教師や保護者の側が実感を持って理解するにはどのようにすべきか,高度な資質・能力の育成は高度であるが故にICTによる支援が重要となるといったことが話題となった.
文責:コーディネータ 高橋純(東京学芸大学)
<シンポジウム2>
学習者の履修・ 学習行動や成績・成果等の履歴,生活・健康面に関する情報,教師の指導履歴,学校の設置者や経営に関する情報など,さまざまな教育データが蓄積されるようになった.シンポジウム2では,「これからの社会における教育データの利活用を考える」と題し,教育データを教育活動の改善にいかしていく意義や課題点について討議した.はじめに,基調講演として国立情報学研究所の喜連川優所長より,「教育のデータ駆動化―コロナがもたらすニューノーマル―」をいただいた.コロナ禍による学会や大学のオンライン/ハイブリッド化が進んだ現状を振り返った後,データ駆動型教育の例として,高等教育におけるMOOCやLMS上での学修行動の可視化,初等中等教育における校務データと学習データの連携等の取り組みを紹介した上で,医療分野におけるコホート調査と同様に教育においても長期的視点からデータを蓄積・分析する重要性を指摘した.さらに,米国のEDFactsを取り上げ,学区レベルの詳細なデータが公開されており,コロナ禍によるオンライン化の影響が可視化されているとした.日本の高等教育においてもコロナ禍以降,増加した教育データに関する知見,講義のシェアリングなどの取り組みがはじまっており,国立情報学研究所としてもSINET6による通信基盤とともに研究データ基盤の構築を進めており,今後,避けられない潮流であるデータ駆動による教育研究の高度化に積極的に取り組んでほしいと訴えた.
次に,パネリストとして東京学芸大学大学院およびスタディサプリ教育AI研究所所長の小宮山利恵子より,教育DXの推進に必要なこととして報告がなされた.スタディサプリの現状紹介のあと,GIGAスクール構想が前倒しされた結果,抜本的な構造改革を意味するDXを進めるためには,授業だけでなく既存の制度や教員養成等,広範囲な変化を起こしていく必要があるとした.スタディサプリの研究事例として,算数・数学のつまずきの分析,レコメンドの効果検証,AIの活用による授業動画の字幕データなどが示された.最後に,教員養成の問題として教師にこれから求められる資質として,データと対面の観察をもとに児童生徒の状況をより適切に把握し,学びの支援にいかす力が求められるとした.
首都大学東京の松田岳士からは高等教育における教学IRの立場から教育データの活用にまつわる課題とその解決に向けた報告がなされた.教学IRの確立に向けた課題として「意思決定への関与」「学びの改善」「ベンチマーク」「人材確保」の4つを指摘した.それぞれへの解決策として順に,大学執行部とIR室の間でのKPI等の指標を共有しRQ策定時にIR室が関与すること,教育・学修データ使用の手続きを確立しデータによる予測・助言を実現すること,情報公開に対する社会的コンセンサスを形成し国際的なデータ標準に参加すること,IR担当者のスキルセットを明確化し資格等の認定システムを構築するなどの提案がなされた.最後に,大学のEBPM実現には組織的な課題が多いが学習を変革するためのデータ活用には教育工学の知見が役立つと指摘した.
指定討論者である大阪大学の村上正行からは,ラーニングアナリティクスや大学のFDにおけるデータ活用等に取り組んできた立場からDX時代におけるLX(Learning Transformation)を進めていく上で,1-1)教育データの活用において各主体に何を期待するか,1-2)教育データを活用してどんな学習・教育を期待するか,2)今後の教育データ活用に対する教育工学への期待の3つの問いが投げかけられた.討議からは,データのオープン化・共有化する文化をつくり,知見の蓄積を加速していくために,公と民がすべきことを整理すること,データ活用の前提となるICT環境・サービスを学校が積極的に活用すること,政府自治体は高校も含めてその後押しをすること,保護者のマインドセットをアップデートすること,大学では教員だけでなく職員の積極的な関与,データ活用に関する基準づくり,IRの専門職化,教育工学の研究成果を広く社会で活用できるようにしていくこと等,多方面からの提案がなされた.最後に,教育データの活用に向けたマインドセットの転換に向けて,失敗することや法律等の制約に萎縮せずに挑戦すること,挑戦や失敗に対して寛容な社会へ向けて情報発信を行なっていくこと等の重要性をそれぞれの立場から語り,討議のまとめとした.
文責:コーディネータ 稲垣忠(東北学院大学)
President talk
President talkは,大会2日目9時30分より行われた.本年度は,中国教育技術協会(CAET)のQuanlong Ding理事,韓国教育工学会(KSET)のInnwoo Park会長,米国教育コミュニケーション工学会(AECT)のXun Ge会長の3名を迎え,本学会の堀田龍也会長とともに,各学会の活動や各国の研究動向に関する話題提供を行った.
Ding理事からは,学会が推進している教育工学実践について,Park会長からは,研究論文の分析による学会の研究動向について,Ge会長からは,研究を発展させるための学会戦略,それぞれ話題提供があった.さらに,堀田会長からは,学会として推進するべき教育工学研究について報告があった. 各発表の後,蒋妍(早稲田大学・企画戦略国際委員会委員)の司会のもと,発表内容や参加者からの質疑を踏まえての発表者間の全体討論が行われた.各発表者同士による意見交換を通じ,今後の連携に向けて,新たな展望が見出された.
本年度は新たな取り組みとして日英同時通訳をつけ,参加者は130名を超え,これまでで最多の参加があったことからも,President Talkに対する関心の高まりがうかがえた.さらに,各学会会員にも広く視聴いただくことを目的に,大会終了後3週間限定での動画配信実施し,日英合計で200回近い再生があった.
概要は,2021年秋季全国大会ウェブサイトのプログラムページよりご覧いただきたい. 各発表者と講演タイトルは下記の通りである.
・Quanlong Ding(CAET理事,華南理工大学)
The States & Future Treads of Educational Informalization in China
・堀田 龍也(JSET会長,東北大学)
Using Educational Technology to Support Learning for the New Normal
・Innwoo Park(KSET会長,高麗大学校)
Current Trends of Educational Technology Research in Korea
・Xun Ge(AECT会長,オクラホマ大学)
AECT into the Future: Strategic Planning to Thrive in Response to Dynamic Changes in Educational Technology
文責:千葉美保子(甲南大学)
チュートリアルセッション
今年度は,動画や各種資料の事前公開は行わず,すべて当日のリアルタイムセッションのみとした.いずれのセッションにも,100名程度の方々にご参加いただいた.
チュートリアルセッション1「JSETへようこそ!研究会と全国大会の楽しみ方」(10月16日(土)9時30分~10時)では,はじめに,日本教育工学会会長の堀田龍也(東北大学)より,本学会の会員数および,全国大会,研究会,重点活動領域が紹介された.その後,これまでの経歴とJSETでのさまざまな出会いについて,「(発表について)いろんな研究者にコメントをもらう」「同世代と交わる」「研究の着想段階で議論できる仲間をつくる」「運営のお手伝いをする」などの経験が語られた.フロアからは,「JSETに対して温かみを感じられた」「行き詰っている研究生活のヒントと励みになった」「まずは発表の場をたくさん経験していきたい」など,前向きな声が寄せられた.続いて,コーディネータの伏木田(東京都立大学)より,研究会の醍醐味と今後の日程,全国大会の目的および大会サイト「Live & On Demand Site」や専用のTwitterアカウントが案内された.
チュートリアルセッション2「論文賞受賞者に聞く,査読対応の極意」(10月17日(日)9時~9時30分)では,2017年に論文賞を受賞された瀬戸崎典夫(長崎大学)と合同英文誌ITEL共同編集委員長の望月俊男(専修大学)のラジオトーク形式で進められた.「回答書のポイントは」「査読対応時に大手術が必要になったときはどうするのか」という質問に対しては,「評価で何を明らかにしようとしたのか,何のために行ったのかについて説明不足があった.」「回答書は査読者との対話の場.査読者に指摘されたところに論文の不備があるため,そこを読み解くことに時間をかける.」との回答をいただいた.また,「どのような基準で投稿しようと思うのか」という論文執筆に関する問いには,「(研究の)賞味期限は長くないため,できるだけ早く出したい.この日までに出すという論文化計画をつくっている.」など,具体的な経験が述べられた.
チュートリアルセッション3「一発返戻を避けるための心構え」(10月17日(日)9時30分~10時)では,日本教育工学会副会長・編集長の山内祐平(東京大学)より,会員数に対する論文投稿数と採択数の割合,教育的な査読を主とする基本方針が説明された.続けて,査読経験のある深谷達史(広島大学)より,一発返戻を回避する対策として,「先行研究の課題は何で,課題をどう解決するかを明確にする」「主張を支える根拠を示す」「わかりやすく書く」などの観点からブラッシュアップを試みるアイディアが出された.また,仲谷佳恵(東京工業大学)からはショートレターについて,「問題提起や新規性はある程度記述されており,用語の揺れや定義の不明瞭さ,目的と分析の結果・考察に多少のずれが見られるもの」は1回目の査読でC判定となるが,採録の条件に対する記述の追加や見直しが不十分である場合,2回目の査読で返戻となる事例が紹介された.全体を総括して,望月より「先行研究との違いや,方法に関する伝わる説明は非常に大切」,副編集長の小柳和喜雄(関西大学)より「回答文と本文の両方をしっかり書く」,山内より「先行研究のレビューをしっかり行い,巨人の肩に乗る」などのアドバイスが示された
文責:コーディネータ 伏木田稚子(東京都立大学)
企画セッション
10月17日(日)に,重点活動領域委員会や企業が企画した以下の3つのセッションが行われました.
企画セッション1: JSETにおける重点活動領域(重点活動領域委員会)
企画セッション2:オンラインでの基礎学力強化・入学前教育・就職筆記試験対策とテストのWEB化(ラインズ株式会社)
企画セッション3:デジタル技術を活用した働き方や学び方の実践事例のご紹介(株式会社内田洋行)
企画セッション1では,重点活動領域委員会委員長の瀬戸崎典夫(長崎大学)と益川弘如氏(聖心女子大学)が,本委員会の設立経緯,目的について説明した.情報教育部会,学習環境部会,学習評価部会が紹介され,各部会に分かれて,それぞれの目的や活動内容が説明された.そして,目的や内容について参加者と質疑応答をし,議論をした.本企画セッションには約70名が参加した.各部会の議論への参加は,参加者が選ぶことができたのだが,情報教育部会に約20名,学習環境部会に約20名,そして学習評価部会に約30名が参加した.そして最後に,企画セッション1の参加者全員が集まり,各部会でどのような議論がなされたのかの情報共有をした.
企画セッション2は,ラインズ株式会社が実施した.COVID-19の影響を受け,例年通りの授業や筆記試験対策が難しい中,オンラインでの基礎学力強化を目的に,入学前教育や初年次教育,就職筆記試験対策,あるいは大学独自テストをWEBで実施する方法について,教材の利用体験や事例を交えて紹介された.
企画セッション3は,株式会社内田洋行が行った.COVID-19の影響により,遠隔でのオンライン授業や,対面とオンラインを併用して行うハイフレックス授業等,「学び方」や「教え方」が大きくかつ急速に変化している.本企画セッションでは,デジタル技術を活用した働き方や,「Future Class Room」での新たな学習形態を実験するための検証空間を用いた遠隔・オンラインでのコミュニケーションについて,実践事例を交えて紹介された.オンライン授業・ハイフレックス授業で円滑に運営やコミュニケーションを行うためのソリューション,サービス,環境についても紹介された.
文責:小林由昭(株式会社内田洋行) 宇多清二(株式会社内田洋行) 坂本將暢(名古屋大学)