2024/10/31
日本教育工学会40周年記念シンポジウム報告
⼤会2⽇⽬午後に⽇本教育⼯学会40周年記念シンポジウムが開催されました.
本シンポジウムは⼤会企画委員会が企画し,「教育⼯学研究の発展に学会は何ができるか」をテーマに,教育⼯学研究との関わりの深い関連学会として,⽇本科学教育学会の取り組みを神⼾⼤学の⼭⼝悦司⽒に,教育システム情報学会の取り組みを東京都⽴⼤学の近藤伸彦⽒に紹介いただくとともに,本学会の教育⼯学研究の発展に関わる取り組みとして,重点活動領域とSIG活動について,それぞれの所轄委員会委員⻑の益川弘如⽒,重⽥勝介⽒からその取り組みについて説明していただきました.これらの話題提供をふまえて,指定討論者である東京⼤学の⼭内祐平⽒より登壇者に対して共通質問が⽰され,研究発展に寄与する学会の取り組みについて活発な議論が⾏われました.最後に,堀⽥会⻑が本シンポジウムの総括とこれからの学会の役割について話され,2 時間にわたる40 周年記念シンポジウムは終了いたしました.
シンポジウムに参加できなかった会員の皆様に対し,各登壇者からどのような話題提供が⾏われ,本シンポジウムでどのような議論がなされたかを簡単に紹介させていただきます.
最初に,シンポジウムを企画した⼤会企画委員会を代表して⻄森副会⻑から⽇本教育⼯学会が創設以来⾏ってきた教育⼯学研究の発展に関わる取り組みが紹介され,こうした学会の取り組みは外部環境の変化に常に対応しながら⾏われてきたことが説明されました.そこで,本シンポジウムでは⽇本教育⼯学会が教育⼯学研究の発展に対してさらに何ができるのかを考えるために,本学会の現在を確認し,問い直しを⾏うことが必要であると考え,本学会の研究発展に関わる取り組みとして重点活動領域とSIG活動の成果と現状を確認するとともに,関連学会の経験や知恵から問い直しを⾏うために,⽇本科学教育学会および教育システム情報学会の取り組みを紹介していただくことにしたとの趣旨説明が⾏われました.
関連学会の取り組み紹介として,まず⽇本科学教育学会の取り組みが神⼾⼤学の⼭⼝⽒から紹介されました.⼭⼝⽒は⽇本科学教育学会において論⽂誌『科学教育研究』の編集に携わってこられた経験をもとに,論⽂誌『科学教育研究』で取り組まれている2つの事例について紹介してくださいました.1つ⽬は,『科学教育研究』の投稿論⽂種別として設定されている「プラザ」についてです.これまでに複数会員によるプラザがまとまった形で『科学教育研究』に掲載されていること,その具体例として学会設⽴30 周年に発⾏された第30 巻の複数号では設⽴時から学会に貢献されてこられた複数会員のプラザが掲載され,これまでの科学教育学会における取り組みの総括や今後の取り組みへの展望と期待が論じられた例,第31 号では学会における多様な研究テーマや研究⽅法を俯瞰する企画として複数会員によるプラザが掲載された例,2016 年に発表された科研費審査システム改⾰2018 を受けた「プラザ特集:科学教育とは」が企画された例をふまえながら,プラザが科学教育研究という研究領域の外向きと内向きのアイデンティティ構築に貢献する取り組みであったのではないかと考察されました.2つ⽬として,論⽂誌の特集の制度を活⽤して,毎年の第4号は特定のテーマを設定せず,投稿資格のみを若⼿会員に限定した特集(通称:若⼿特集)を企画し,科学教育研究の次世代を担うコミュニティを形成する取り組みを紹介してくださいました.若⼿特集は若⼿会員が誰でも投稿できるわけではなく,若⼿活性化委員会が担当する研究会において発表することなどが投稿の条件となっていること,編集委員会や若⼿活性化委員会の新旧委員がこの特集を編集する専⾨部会の部会⻑・副部会⻑・部会員になっていること,編集委員会と若⼿活性化委員会が連携し,若⼿活性化委員会にはサブミッションアドバイザリーボードを設置して若⼿会員の特集への投稿⽀援を⾏っていることなど,若⼿会員に対する重層的な⽀援体制が作られていることが紹介されました.⼭⼝⽒は,この若⼿特集を学会内の多様な専⾨分野の若⼿会員を媒介する「バウンダリー・オブジェクト」(STAR and GRIESEMER 1989)として機能しているのではないかと分析するとともに,この若⼿特集に関わる⼀連の活動が継続していることについて,科学教育研究の次世代を担うコミュニティを形成する取り組みとなっていると考察されました.そして,この2つの事例は,学際的な学会の中に「交易圏」(GALISON 1997)を形成する点,学際的な学会の論⽂誌が担うべき社会的装置としての役割という点で共通しているとまとめられました.
⼭⼝⽒の話題提供に対し,指定討論者の⼭内⽒より「同じ⽬標を探究しており,活動の種類は違っても実践を共有している」ことを学会としてどのような活動をすればよいかとの質問が出されました.これに対し,⼭⼝⽒は,学会の事例ではないが,学習科学の事例がヒントになるのではないかという⾒解を⽰されました.具体的には,学習科学ではいくつかのハンドブックが出されており,そのイントロ的なチャプターが「地図」として機能し,⾃分や他⼈を位置付けられるのではないかと.⽇本教育⼯学会も教育⼯学選書『教育⼯学とはどんな学問か』を発⾏されているので,創⽴40 周年版の『教育⼯学とはどんな学問か』を会員が考えていることを集約しまとめてみると⽇本教育⼯学会の⽅向性が⾒えてくるのではないかと興味深いアイデアを出してくださいました.
続いて,教育システム情報学会(JSiSE)の取り組みとして,東京都⽴学の近藤⽒がコアメンバーとして参画している「教育システム情報学マップ作成WG(ワーキンググループ)」の取り組みについて紹介してくださいました.柏原前JSiSE会⻑が会⻑就任時に問いの蓄積・体系化の重要性を説かれ,「学術的な問いの共有・⽣産」をスローガンに学会活動を活性化していくことになり,これを受けて,JSiSE学会誌では,採録論⽂・各種受賞論⽂を対象に,その論⽂で扱う「問い」と論⽂の⾯⽩さを著者が簡潔にまとめたコラムを掲載する企画「採録(受賞)論⽂ハイライト」がVol.37,No.2から開始され,webサイト(https://scrapbox.io/jsise-rq/)でも教育システム情報学会が⽰すカテゴリー・分野から各ハイライトを探すことができるようにしたと説明がありました.この「ハイライト」は,著者が⾃由な形式で「問い」を表現しているため,粒度やレベルが必ずしも⼀貫していなかったため,教育システム情報学で扱われる「問い」の体系化を図る「教育システム情報学マップ」を作成することを⽬的とした「教育システム情報学マップ作成WG」が若⼿研究者を中⼼に創⽴50周年事業の⼀環として2021年に設置されたと,マップ作成の経緯が紹介されました.このWGでは,作成するマップにより,教育システム情報学という研究分野を⾒る時の共通の⾔語や視点を提供し,⾃⾝と教育システム情報学との関係を⾒つめることができるような媒体として機能することを⽬指し,マップ作成だけではなく,その作成プロセス(迷い,コンフリクト,⾏き詰まりも含む)も記録していくことにし,学会誌の解説特集や全国⼤会プレカンファレンスをマイルストーンとしてこれまで3年間弱活動を⾏ってきたことが説明されました.WGのこれまでの活動内容は,JSiSE Map WGのウェブサイト(https://sites.google.com/view/jsise-map-wg/)で確認できるとのことです.WGでは3つのサブグループを作り,各サブグループでまとめた解を最終的に1つにまとめてマップを作成しようと当初は考えられていたものの,「問い」を体系化することは⼤変難しい作業であることが分かってきたため,サブグループの多様性を許容する形でマップが作成され,本年8⽉の全国⼤会プレカンファレンスでは,3つのサブグループ(オントロジーグループ,「内側」グループ,「外側」グループ)がそれぞれの⽴場で作成したマップが提案され,そこでの議論を受けて,各グループが最終調整に⼊っていること,来年4⽉発⾏のJSiSE学会誌の解説特集を最終アウトプットの場となることが紹介されました.シンポジウムでは,近藤⽒が関わっている「外側」グループが作成した「JSiSE 研究の5W1Hマップ」を実際に⾒せていただきながら,「問い」を体系化するマップをどのように作成したかを説明していただきました.「JSiSE 研究の5W1H マップ」の使い⽅としては,研究者や学⽣は研究の⼿薄なところやまだないところを確認するために,企業・産業界や現場の教員などは⾃分の関⼼(例えば,直⾯する課題から確認する場合はWhat,関⼼のある技術から確認する場合はHow)をもとに探索するために⽤いることができるのではないかとのことでした.最後に,このJSiSEにおけるマップ作成の取り組みについて,近藤⽒はこれで完成ではなく,これからどう継続・発展させていくかが課題としつつ,成果としては「研究活動の活性化に資する『問い』に基づく対話を⽣むための触媒」となったと考察されました.
近藤⽒の話題提供に対して,指定討論者の⼭内⽒からは未来の学会のあるべき姿を⾒せていただいたとの感想が述べられた後,教育システム情報学マップは問いの構造が可視化されており,問いに対してどのような研究を進めていくかという点で⾮常に強⼒なツールとなり,エキスパート研究者が⾒た時には⾮常に役⽴つものになる⼀⽅,ノービス研究者は様々な問いが⽰されている教育システム情報学マップに圧倒されるのではないか,そのため,ノービス研究者に対してマップをもとにしながらどのように新しい研究を創り出すかを伝えることが教育的⽀援になると考えられるが,そのアイデアがあれば教えてほしいとのコメントがありました.近藤⽒からは,ある程度研究経験がある⼈に向けてマップは作られているため,ノービス研究者に対してはマップの⾒⽅から伝えていく必要があり,全国⼤会にてマップの⾒⽅を学ぶワークショップを⾏うといったことが考えられるとのアイデアが⽰されました.
次に,JSETの研究発展に関わる取り組みについて,まず重点活動領域委員会委員⻑の益川⽒からは,重点活動領域の取り組みについて説明がありました.重点活動領域委員会は,JSET 将来構想の実現に向けて,学会として重点的に取り組んでいる領域を社会に⽰し,社会貢献につなげることを⽬的として設置され,学会主導で研究を⽀え,責任ある情報発信を⾏なっていくことになったこと.そして,堀⽥会⻑,美⾺副会⻑のもと,2021 年に情報教育部会,学習環境部会,学習評価部会の3部会,2023 年には先端科学技術とELSI 部会の1部会が組織され,全国⼤会等で定期的に活動報告,学会員との交流,参加を促していることが報告されました.益川⽒は,東JSET 初代会⻑の⾔葉を援⽤しながら,学会が各⾃の研究を発表しあったり,研究結果を共有する場だけでなく,多様な領域・興味を持つ学会員同⼠の「創発的協働」となる研究プロセスの共有の場となると,これが学会としての成⻑の鍵になるのではないかとの考えを⽰され,教育⼯学の対象領域が広がっている現在,複数の重点活動領域を設定することでコラボレーションの中⼼性を持たせつつ,これらの重点活動領域が多様な視点を持ち寄って創発させる場として機能させていきたいとの抱負を述べられました.
指定討論者の⼭内⽒からは,学会からのトップダウンで作られた重点活動領域は,ボランティアで参加しているメンバーに対して学会や社会のために良い成果をあげてくださいというミッションが割り当てられている活動と⾔え,こうした活動のマネジメントのあり⽅について質問がありました.
益川⽒からの回答は,⾃分が上⼿くマネジメントしているかは分からないが,重点活動領域に参画するメリットは2点あるのではないか.1期の活動では重点活動領域の成果を論⽂として発表することで,学会としての成果を⽰すとともに,活動に参画している個々のメンバーの研究者としての成果にもなった.2点⽬は各領域に与えられた⾃⼰裁量の⼤きさ.この重点活動領域は領域ごとにテーマが決まっているが,活動内容は個々の領域に委ねられているので,前例のないことも学会のためになることであれば⾃由に⾏うことが許されている点が挙げられる.その⼀⽅で,興味のある学会員に参加してもらい,活動を広げていく活動ができていないため,この部分のデザインについて難しさを感じているとの意見がありました.
次に,SIG委員会委員⻑の重⽥⽒から,SIG委員会の取り組みについて報告がありました.SIG(SpecialInterest Group)はJSET が全国⼤会で毎年実施していた「課題研究」が発展したものであり,2014 年度の全国⼤会において「現代的教育課題に対するSIG」として⽴ち上げられたこと.現在は会員が提案し,理事会が承認したSIGのみ,学会の⽀援を得ながら,承認されたテーマに関する研究会やセミナー等を,年間を通じて⾏なう時限付きの活動へと発展し,これまでに16のSIGが設⽴され,2024年から始まった第4期は5つのSIGが活動していることなどが紹介されました.SIGの利点としては研究コミュニティを創出する優れたシステムとなっていること,具体的には学会員が全国⼤会や研究会に参加する動機づけになっていたり,学会の名の下で研究活動ができていたり,関連学会や組織等との連携が図りやすくなる等が挙げられました.⼀⽅,課題としては設⽴時においてSIG間のテーマの重複を調整する必要がある点,各SIG には年間最⼤20 万円の活動資⾦が割り当てられているものの,⼤規模な活動を⾏う際にはメンバーの研究費を持ち出ししなければならない点等が挙げられました.今後の展望としては,学会を取り巻く状況の変化を鑑みながら,研究者が学会に参加するインセンティブを再考する時期に来ているのではないか,こうした状況下において学会が特定の領域の研究を促進する意味について考えていかなければならないのではないかという考えを⽰されました.
指定討論者の⼭内⽒からは,3500名ほどの会員がいる⼤きな学会となったJSETにとって,SIGのように⼩さいスケールのコミュニティがあることはとても重要だとは思うが,学会全体の価値を上げていくためにはSIG相互の交流や,異なる領域間での交流も重要だと考える.この点に関するアイデアはありますかとの質問が出されました.重⽥⽒からは,SIGには様々な研究グループがあるので,その研究グループの活動内容を可視化させることで,コラボレーションを誘発する仕組みが作れるのではないかとのアイデアが⽰されました.
全体討議では,⼭内⽒から事前に頂戴した共通質問「今後の教育⼯学の活動において,(1)社会や実践現場における学会の学術知の認知/活⽤/普及/深化等の促進,(2)研究者の成⻑の⽀援,(3)他学会とのコラボレーション,(4)研究テーマや⽅法論での挑戦,に関して,アイデアやご意⾒があればお聞かせください」について,登壇者4名に⾃由に話していただきました.
益川⽒からはJSET 版のマップがあるといい,近藤⽒からはどのような研究者がいるかを可視化できる「⼈のマップ」があるといい,⼭⼝⽒からは研究の舞台裏を共有し,⽀援できるような仕組みがあるといい,重⽥⽒からは教育⼯学は学術拠点がないので⼤学のような機能を持つ組織があるといい等,ワクワクするようなアイデアがたくさん⾶び出しました.
最後に,堀⽥会⻑がシンポジウムの内容をふまえて,⽇本教育⼯学会のこれまでとこれからについてコメントされました.⽇本教育⼯学会はこれまで教育⼯学分野という領域の「境界(boundary)」を意図的に曖昧にし,近接領域と積極的に「越境」しやすいようにコミュニティを形成することで,新しいテクノロジーや社会変化を研究対象とし,従前の研究成果と接続させ,⾃由度を保ちながら理論的進展を実現させてきた.これからの⽇本教育⼯学会は,(1)教育⼯学選書作成から10年が経ち,新たな会員も増えてきたことから「分野のイントロ的な」何かが必要になっているのではないか,(2)会員同⼠が分かりあうために,学会内の多数の研究成果(論⽂等)をサマライズして可視化する⼯夫が必要なのではないか,(3)近接領域のコミュニティと積極的に交わる仕掛けが必要なのではないか,といった課題が⽰されました.これらの課題は⼀朝⼀⼣に実現できるものではないが,その兆しは出てきているように感じているので,ぜひ続けてほしいとコメントされました.
⽂責 今井亜湖(岐⾩⼤学)