会長就任ご挨拶

日本教育工学会 第7代会長  山西潤一(富山大学)

2013年9月

 平成 25 年度の役員改選の選挙によって,第7代日本教育工学会の会 長に選ばれました.身に余る光栄と感謝しながらも,私のような知も才 もないものにとって,この重責を務めることが出来るかどうか不安でい っぱいです.幸い,能力も経験も豊富な,吉崎静夫教授,中山実教授, 赤倉貴子教授の3人に副会長になっていただき,理事の皆さんの協力の もと,学会の発展のために微力では有りますが頑張りたいと思います.

 私事になりますが,私自身が教育工学に出会ったのは,1982 年,縁あ って富山大学の教育実践研究指導センターに奉職してからのことです. 当時,コンピュータや様々な教育機器を教育や学習指導に有効に活用したり,その影響などを分析する 研究施設が全国の教員養成大学に設置され始めた時代です.それまで,脳の神経機構を心理生理学的手 法とコンピュータ解析によって明らかにする研究をしてきた私にとって,コンピュータに関する知識や 技術はありましたが,教育や学習に関する知識は皆無に近い状況でした.たまたま,阪大大学院で在籍 した生物工学や行動工学の研究室の近くに,教育技術学の研究室があり,スイッチ1つで教室が様々な 形の学習空間に変容したり,児童生徒の反応を個々に分析するシステムなどを見せてもらっては,黒板 とチョークの教育しか受けてこなかったものにとって,これで学校の教育がどう変わるのか想像すらで きなかったものです.実践センターに赴任後,コンピュータによる学習支援や教授支援の研究について, 現場の先生方の考えが知りたく,富山県内の小中高等学校 400校にアンケートをしました.予想された とはいえ,結果は悲惨でほとんどの回答が,コンピュータなどの活用には否定的だったのを覚えていま す.30年前のことです.

 日本教育工学会の設立は,1984 年 11 月ですので,来年は創立 30 周年を迎えることになります.私 にとって,この 30 年のあいだ,教育工学の分野で仕事をさせてもらって様々なことを学びました.な により教育工学が単なる工学ではなく,工学における様々な技術や解析方法をもって教育という営みを 科学的に分析するとともに改善していく学問であること.また,その逆に,教育に関わる事象の主体で ある人間そのものや教育事象を分析することで,その成果を新たな教育に役立つ工学技術の開発に応用 していく学問であること.研究対象としては,認知,メディア,コンピュータ利用,データ解析,ネッ トワーク,授業研究,教師教育,情報教育,インストラクショナルデザインなど様々な領域があります し,研究方法も多様で学際的です.それだけに多様な分野の研究者が活躍できる懐の深さが魅力の学問 なのです.

 初代の東洋会長が,学会創設にあたって「われわれはいま,情報文化に関する限り,文字の発明以外 には人類の歴史の中に類比を見いだせないほどの大きな変革に当面していると思う.この変革もまた, 教育の仕方だけにその影響を限定はし得ず,教育の内容や前提にまで広く深い影響を及ぼさずにはおか ない必然性を秘めている.そういう環境の変化とセットして,教育の方法のあり方を研究するのが教育 工学者の使命である.」と述べられています.コンピュータやインターネット等,情報通信技術の飛躍 的な進歩で学校や教室の学習環境も変化し,デジタル教科書や教材も使用されるようになってきました. 他方,グローバル化の進展で,次代を生きる子どもたちに求められる能力も変化してきています.この 大きな変革の時代にあって,教育の内容や方法の改善に向け,学会に期待される役割も非常に大きくな ってきています.会員一人ひとりの教育工学研究が進展することは勿論ですが,皆さんの叡智を結集し て,学会として社会に貢献できるよう,日本教育工学会の発展に向け,皆さんとともに頑張ってまいり たいと思います.今後ともどうかご協力の程よろしくお願い申し上げます.