2023年03月24日「日本教育工学会の企画戦略について」答申
2023年3月24日
日本教育工学会 企画戦略ワーキンググループ
2年間の活動を経て、2021年4月に諮問された件について、企画戦略ワーキンググループは以下の通り答申します。
1. はじめに
企画戦略ワーキンググループ(以下、企画戦略WG)は、2020年11月に鈴木克明会長(当時)に提出された将来構想WGの答申実現に向けた短期計画、2030年までの中期計画を立てるためのロードマップを作成するため、2021年4月に堀田龍也会長のもとに設置された。そのロードマップを作成する過程においては、学会運営のための人材も育成していくことを念頭におきつつ議論を重ねてきた。メンバーは以下の通りである。
企画戦略WGメンバー(敬称略、◎リーダー、○サブリーダー)
理事から
◎ 美馬のゆり(公立はこだて未来大学)戦略・国際担当 副会長
○ 瀬戸崎典夫(長崎大学) 重点活動領域委員会 委員長
岩崎千晶 (関西大学) 企画戦略国際委員会 委員長
益川弘如 (聖心女子大学) 重点活動領域委員会 副委員長
代議員他会員から
大山牧子 (大阪大学) 企画戦略国際委員会 副委員長(企画戦略担当)
松田岳士 (東京都立大学) 企画戦略国際委員会 副委員長(企画戦略担当)
山本良太 (東京大学) 企画戦略国際委員会 幹事(国際担当)
石井和也 (宇都宮大学) 企画戦略国際委員会 委員(企画戦略関連)
竹中喜一 (愛媛大学) 企画戦略国際委員会 委員(企画戦略関連)
舘野泰一 (立教大学) 重点活動領域委員会 幹事
仲谷佳恵 (東京女子大学) 重点活動領域委員会 幹事
2020年11月に提出された将来構想WGの答申をもとに、ロードマップを作成するための議論、調査分析を含む活動を行ってきた。将来構想WGの答申のポイントは以下の通りである。
JSET 2030に向けたJSETの基本方針
Interdisciplinary 学際性のある学会
Diverse 多様な研究・多様な研究者が存在する学会
Open 開かれた学会
Flexible 柔軟性のある学会
Accountable 内外に情報を発信する学会
2030年に向けたJSETのビジョン
日本教育工学会は、変革する社会における教育の課題を解決するために、
・教育工学研究の推進
・教育工学マインドを持った人材の育成
・教育工学研究の知見に基づいた社会貢献
を進める。
ミッション
ビジョンを具現化するために下記の3つのミッションを定める。
1.活動の体系化・重点化を通して「魅力ある学会」へ
2.学会運営の透明化・合理化によって「開かれた学会」へ
3.持続可能な体制構築によって「基盤の安定した学会」へ
2. ロードマップの作成
将来構想WGでは、JSET のこれまでの活動を振り返り、JSET2030に向けた基本方針や、ビジョン、ミッションについて検討した。この基本方針やミッションを受け、本WGでは2030年までの中期計画策定に向けたロードマップを作成した。特に重要な項目として「会員数6,000名達成」、「研究会・全国大会への参加者数・発表数・論文投稿数の倍増」、「人材育成スキームの確立」、「学会活動の日英二言語化」を選定し、ロードマップを検討した。
ロードマップを作成するにあたり、将来構想WGが提案した9つのミッションを系列化した。まず目標を細分化して下位目標を検討し、達成順序を整理した。また、これら複数の目標に対して「①会員の満足度・ニーズ、②潜在的会員のニーズ、③学会の社会的認知度・貢献度、④担当できるワークフォース、⑤学会の安定的な運営に関わる経済的価値」の順で、優先順位の規準を設けてロードマップを作成することとした。さらに、優先順位の①会員の満足度・ニーズ、②潜在的会員のニーズを把握するために、2022年3月から6月の期間に会員・非会員対象の質問紙調査を実施した(有効回答数:会員783名、非会員83名)。これらの結果も踏まえて、以下の通りロードマップができあがった。なお、2022年9月の秋大会では会長が回答のお礼を兼ねて会員に、アンケート調査結果を速報として報告した。2023年3月の春大会では会員アンケート報告セッションにおいて調査結果の詳細を紹介するとともに、会員アンケートに対する各委員会からのフィードバックの結果も一部報告する。

3. WGの活動の概要
2021年4月の理事会で本WGの設置が承認され、事前の議論を含めた計16回のミーティングを開催した。WGの前半では、将来構想WGで挙げられた9つのミッションのうち、優先事項として「会員数6,000名達成」、「研究会・全国大会への参加者数・発表者数・論文投稿数の倍増」、「人材育成スキームを確立」の3つの項目を選定するとともに、企画戦略国際委員会を中心に「日英二言語化」について進める方針を立てた。また、それぞれのミッション達成に向けたロードマップ案を作成した。さらに、WG後半では学会員・非会員を対象としたアンケート調査を実施することによって、提案したロードマップと関連するニーズを可視化することを目指した。なお、本WGを進めるにあたって、必要となるメンバーを随時補充することによって任務遂行に努めた。
●第1回ミーティング(2021/3/16)
・将来構想WG答申の内容をもとに、今後の本WGの目標について検討
・JSETの組織としての運営、本WGの活動方針について
●第2回ミーティング(2021/4/7)
・本WGの進め方
・学会法人化にあたって学会員から収集すべきデータの検討
・今後の具体的なスケジュールについて
・4月理事会に向けた企画戦略WGの設置
●第3回ミーティング(2021/5/10)
・学会IRに関するデータ収集について
-学会としての達成目標に必要なデータや現状のデータの所在
-収集するデータの優先順位に関する議論
●第4回ミーティング(2021/6/8)
・中期計画の立案に向けたロードマップの検討
・会員増に向けた近接学会との関わり
・AECTの参加に向けて(学会運営に関する意見交換)
●第5回ミーティング(2021/7/6)
・ミッション達成に向けた優先事項としての3つの目標を選定
「会員数6000名達成」、「研究会・全国大会への参加者数・発表者数・論文投稿数の倍増」、
人材育成スキームの確立」※「日英二言語化」については企画戦略国際委員会を中心に進める
・理事会報告に向けた資料作成
●第6回ミーティング(2021/8/10)
・日英二言語化に向けた具体的方針
●第7回ミーティング(2021/11/15)
・理事会資料作成
-現会員向けのニーズ調査、入会届・退会届のフォーマット改善の提案
・今後のWGの流れとしてニーズ調査としてのアンケート調査の項目案を中心に議論を進行
●第8回ミーティング(2022/1/28)
・アンケート項目の確定に向けて
・回答者へのインセンティブについて(Amazonギフト券 ¥500の予算化を提案)
●第9回ミーティング(2022/4/22)
・アンケートの回答状況と今後の流れについて
-回答期限延長の提案
-アンケート協力の周知方法の拡大
・アンケート結果の分析方針
●第10回ミーティング(2022/6/2)
・アンケートについて
-回答状況と今後の流れ
-結果の分析方針の提案
-アンケート協力の周知方法の確認
●第11回ミーティング(2022/7/5)
・アンケート収集状況
・調査結果の取りまとめと学会員への公表について
●第12回ミーティング(2022/8/22)
・アンケートの分析結果の共有
-量的分析結果・質的分析結果
・アンケート結果の報告・公表の方法
-秋季全国大会における会長からのお礼
-春季全国大会での分析結果の公表
●第13回ミーティング(2022/10/17)
・春季全国大会での報告について
-アンケート結果(分析結果の確認と役割分担)
・アンケート結果を受けての今後の活動について
●第14回ミーティング(2023/1/23)
・答申案作成の打ち合わせ
・春季全国大会における報告向けて
●第15回ミーティング(2023/1/30、2/2)
・答申案作成の打ち合わせ
・春季全国大会における報告向けて
●第16回ミーティング(2023/3/17)
・答申案作成の打ち合わせ
・春季全国大会における報告向けて
4.1 会員サービス向上と国際化に向けた意識調査
2021年3月の一般社団法人への移行にともない、本学会における中期計画が求められるようになった。また、将来構想WGによる答申において、ビジョン・ミッションとともに短期的・中期的に達成すべき目標が整理された。そこで、本WGでは会員・非会員を対象にアンケート調査を実施し、本学会に対する要望や意見を集約し、施作の優先度を決定することとした。本節では、このアンケート調査「日本教育工学会会員サービス向上と国際化に向けた意識調査」(以下、単にアンケートと呼ぶ)の概要と、その主な結果について報告する。
4.1.1. アンケート調査の経緯
先述したように、アンケートは施策の優先度決定の参考のために実施することになったが、将来構想WGの答申にあげられた達成目標すべてに関する質問項目を設定すると、回答時間が長くなり、回答率や回答の信頼性が損なわれる恐れがあった。それを避けるため、2021年4月以降に開催された本WGのミーティングにおける議論を通じて質問内容を絞り込み10分以内に回答できるよう質問数を調整した。より具体的には、まず達成目標に対応したデータを設定してから既存のデータを確認して、欠けているデータとして質問すべき内容を選出した。続いて、それら質問候補項目のうち(会員から見えにくい施策ではなく)学会として会員に対して提供するサービスに関する内容を中心に質問することにした。結果的に学会への要望として後述する17項目が選出された。
さらに、「魅力ある学会」への到達目標として挙げられている「学会活動の完全日英二言語化」に向けて、国際化に関する項目も追加することになった。また、将来学会に入会してもらえる可能性がある大会参加の非会員も対象に加えることにした。さらに、回答率アップのインセンティブとして抽選で回答者100名にAmazonギフトカード500円分を贈呈することとした。
アンケートは2022年の春大会において実施が予告された後、2022年3月18日から6月30日までオンラインで実施された。最終的に全会員の約4分の1に該当する783名、非会員83名から回答が得られた。
4.1.2. 選択式質問項目の結果
分析過程では回答者を分類(例:会員と非会員、学生と教員、最近入会者と長期継続者)して、それぞれのセグメントで高いニーズがある項目を抽出した。また、退会者を減らすことも調査目的のひとつであるので、特に学生や大学院生の不満や要望に注目した。
(1)セグメント別ニーズ:学生・院生と大学教員
まず高いニーズを検討すると、表4-1が示しているように、学生・院生と大学教員の間で共通して多く示されたのは、「最新トレンド情報の提供」「幅広い分野の著者の登用」「掲載論文数の増加」であった。これら3項目のうち、幅広い分野の著者の登用は教育工学の学際性を示していると考えられ、掲載論文数の増加に関しては、学生・大学院生で最も強いニーズがみられる一方で、教員・研究員では1位からかなり差のある4位であったことから、学生・院生にとっての論文採録の重要性がうかがえた。
反対に両セグメントで異なる傾向を示した項目として「会員同士の交流機会の充実」(学生・院生3位、教員・研究員6位)と「学会やイベントのオンライン開催の充実」(学生・院生5位、教員・研究員2位)があげられる。これらは、多忙な教員にとってオンラインイベントの利便性が高いと考えられている一方で、学生・院生にとってはオンラインイベントが増加して新たな知己を作ることが難しくなったことを反映していると考えられる。
次に、ニーズが低い項目をみると、両セグメントの差はほとんどなく、学生・院生であっても教員であっても、「ニーズ・意見聴取の機会増加」や「大会参加費や年会費の改善」を求める声があまりないことが分かった。
回答者の年齢も加えて、さらに細かいセグメントで検討すると、図4-1および図4-2からわかるように、20代の学生・院生は交流の機会充実を選択する割合が高かった。オンライン開催の充実については、50・60代の大学教員で希望者の割合が高く、論文審査のスピードアップに対するニーズは教員の年齢が上がるにつれて減少傾向を示した。



(2)セグメント別ニーズ:会員歴の長短
続いて、会員になってからの期間を、3年未満から10年以上まで4つのセグメントに分けてそれぞれのニーズの傾向を検討した(図4-3)。この分析からは3つの傾向が読み取れる。第一に、会員歴の長短に関係なく高いニーズがある項目の存在である。具体的には、図4-3において赤枠で囲まれた4項目(最新のトレンド情報の提供、学会やイベントのオンライン開催の充実、幅広い分野の著者の登用、掲載論文数の増加)であり、特に「最新のトレンド情報の提供」は全セグメントで1位となった。

第二に、3年以上5年未満のセグメントで他のセグメントと異なる順位となる項目が多かったことである。例えば、グラフにおいて青い丸で囲んだ項目は、このセグメントで特に低い順位となった4つの項目(学会やイベントの地方開催の充実、オンラインでの活動や運営対応、掲載論文の質の向上、柔軟な学会運営の対応)である。このセグメントの特徴は、学生会員から正会員になる層が多く含まれていることで、「会員同士の交流機会の充実」(5位)や「年会費の見直し」(10位)が他の年齢層より高くなっていることも合わせて、若手正会員のニーズの傾向を表していた。
第三に、全セグメントで低いニーズとなった項目もあった。具体的には、「大会参加費の見直し」と「会員のニーズや意見の聴取機会増加」であり、後者は全ての年齢区分で最下位であった。

(3)セグメント別ニーズ:会員と非会員
最後に、再びニーズの順位に着目して、会員と非会員の回答結果をまとめると表4-2のようになり、いつくかの特徴が示された。まず、赤字で示した非会員が会員より高いニーズを示した項目(「オンラインでの活動や運営対応」、「掲載論文の質向上」)の存在である。これらの項目は、学会活動への参加のしやすさと、引用できる形での学会の成果物であり、非会員にとっての学会への関与の窓口であると考えられる。
反対に、非会員のニーズが会員より低いと考えられる項目(青字の4項目)もあった。これらのうち、交流機会に関しては「会員同士の交流の機会の充実」という選択肢としたため、また、オンライン開催についても「学会やイベントの」という限定句をつけたため、非会員を対象としていないと受け取られた可能性がある。
どのセグメントでも低い順位となったのは、「会員のニーズや意見の聴取機会増加」、「年会費の見直し」、「大会参加費の見直し」であり、非会員のニーズが低いのは当然であるが、会員であっても会費等に不満が少ないことが示された。
4.1.3. 自由記述項目の結果
自由記述に関する項目は主に「(1)自身のキャリアと学会の関係」「(2)学会への要望」「(3)国際会議」に関する項目であった。分析対象の項目の記述について意味のあるまとまりに分け、似た内容の記述を集めて整理を行った。
(1)自身のキャリアと学会の関係
本項目には3つの問いを設けた。1つ目の「現在、研究やキャリアにおいて不安を感じていることがありますか。それはどのようなことですか」では、「安定した就職を見つけることやキャリアアップできるかへの不安(50件)」「学会発表、論文投稿、科研採択等をして、研究の質向上が自立してできるかへの不安(26件)」といった「キャリアアップと自立」に関する不安が最も多かった。次いで、「大学における本務が増加することにより「研究時間が減少すること(25件)」が挙げられた。ほかにも「共同研究」「研究手法」「研究資金」への不安を感じているといった回答が寄せられた。安定したキャリアを築くために不安を抱えている会員が一定数いることが見受けられた。またキャリアを得たとしても自立して研究費を取得し研究を遂行していく能力についても不安を抱える様子が見受けられた。
2つ目の「出産・育児・介護等のライフイベントに対応する必要が生じた際、研究の継続をするために、日本教育工学会に期待することや支援してほしいことがあればご記入ください」では、「オンラインでの学会継続を希望する(57件)」意見が最も多かった。次いで学会サービスに関して「ライフイベントによる休会制度(会費減免)や査読期間延長・査読回数減少希望(20件)」「託児サービス(19件)」等の意見が寄せられた。またメンターやコミュニティづくりを求める意見として「ライフイベントに関する同じ状況の方との交流の場づくりや情報提供などのイベント開催(11件)」「研究やライフワークバランスを支援してくれる方の存在(9件)」も寄せられた。すでに実施しているオンラインでの学会や託児サービスが評価される一方で、新たな希望としてライフイベントに応じた支援も求められた。
3つ目の「日本教育工学会に入っていてよかったこと、キャリアに影響したことがあれば教えてください」では、最も多かったのは「能力が高まった(153件)」という意見である。その内訳として、「幅広い視点が身についたこと・研究のトレンドを知ることができたこと(68件)」「教育工学に関する研究知見が高まったこと(47件)」等、教育工学の研究を遂行するにあたっての能力育成がされている様子が示された。次いで会員同士の交流として「同じ分野の関心を持つ研究者との人脈ができたこと(53件)」が挙げられた。学会を通して研究能力が育成され、会員同士の交流が進められている様子が見受けられた。
(2)学会への要望
「日本教育工学会の会員サービス向上に向けて改善してほしいこと、実施してほしい企画やイベントのアイデアがあれば教えてください」に対しては、「企画」と「運営」の大きく2つの意見が寄せられた。「企画」では、「論⽂チュートリアル」「交流会」「⼤会やイベントのあり⽅」「企画の内容」「⼈材育成」に関するアイデアが寄せられた。また、「運営」では、「運営体制」「運営への参加促進」「オンライン化」「運営の合理化」「年会費」「論⽂関連」「情報提供」「学会プレゼンスの向上」に関する様々な意見が寄せられた。
対面のイベントを求める声があった一方で、オンラインでのイベントの継続を望む声も一定あった。また査読論文のチュートリアルなどはすでに実施している取り組みであるが実施を求める声が寄せられ、学会によるさらなる周知が必要である可能性が示された。ほかにも学会運営について負担が大きいという声がある一方で、どのように運営に参加して良いかわからないという声が挙げられた。
(3)国際会議
「国際会議にどのような目的や期待をもって参加しましたか」では、「研究動向に関する情報収集」「意見交換・研究交流」「研究発表・発信力向上」「実績の蓄積」「英語で発表する練習」「国際会議の体験」「フィードバックの獲得」「大学院生の教育」といった目的が寄せられた。「研究動向に関する情報収集」「意見交換・研究交流」、「研究発表・発信力向上」がその大多数を占める結果となった。その一方で、「外国語運用能力の不足」「オンラインによる交流機会の減少」が挙げられた。前者については、英語でのプレゼンテーションやその聴講、交流において十分な英語力がないため向上させる必要があるという課題である。後者は、新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、国際会議等もオンラインに移行することが多くあったが、その結果目的や期待としていた意見交換や研究交流が十分行えていない、ということに対する課題であると推察される。今後の会員支援への方向としては国際会議等へ参加した経験がある会員から、特に国際会議等へ参加した経験のない会員や、参加経験が少ない会員等に対する支援を充実させることが挙げられる。例えば、連携する海外の学協会(例えばAECT)に参加するためのコミュニティを作り、原稿執筆や申込み等に対する情報提供や、メンバー間での情報共有を可能にするような機会を提供することが考えられる。
4.1.4. 学会活動への示唆
以上の結果を中期目標作成に対するいくつかの示唆としてまとめる。第一に、非会員も含めた学会に対する共通のニーズとして最新トレンド情報の紹介や論文誌への掲載論文数の増加が求められていることである。これらのニーズを受けた活動、例えばウェブサイトのコンテンツやニューズレターの充実、論文誌の査読プロセス改善などは最優先の課題であると考えられる。
第二に、会員のみのニーズに限定した場合、学生会員、正会員の両者から幅広い分野の著者の登用に対するニーズが高く、論文の質向上や審査スピードアップを上回っていることである。これは非会員には理解されにくい特徴であるかもしれないが、会員は教育工学の多様性やカバー分野の広さに魅力を感じ、さらに強化すべきと考えている可能性が高い。
第三に、オンラインにおける活動のとらえ方に注意が必要なことである。すでに学会内での人的つながりができているベテラン教員にはオンラインのイベントは歓迎すべき便利な選択肢であるかもしれないが、新型コロナウイルスによる感染症の影響を受けて、学外のつながりを持ちにくい環境におかれた学生会員や若手会員にとって(オンラインよりも)人的交流機会の増加ニーズが高いことを留意すべきである。一方、非会員にとって学会員以外もアクセスできるオンラインでの活動は外から見えやすく参加も容易であるため、会員数増加の足掛かりとしても検討できる。
最後に、今回の調査で中位の結果となった「人材育成プログラムの拡充」や「大会等の地方開催」に関しては、アンケートがコロナ禍という環境下で行われたことを考慮する必要がある。これらのニーズは、今後、さらに対面開催へのハードルが下がった際に、再度ニーズを聞き取る必要があると考えられる。
4.2. その他の取り組み
アンケートの結果から、学会の国際化に関するさらなる検討、若手研究者育成の検討、退会者に対する対応、査読に関する検討、などの課題が明らかとなった。まず、将来構想WGの答申から作成したロードマップに対して、学会の国際化に関する視点も踏まえて反映・更新を行った。退会者減少・現会員へのサービス向上・新規会員の獲得に関しては、日本人会員への国際会議や英文誌投稿に対する支援、外国籍会員への情報発信方法の検討、関連する国際会議との連携の強化などが挙げられた。また、学会の認知度の向上や社会貢献に関しては、スーパーグローバルハイスクール(SGH)指定校における探究活動の成果発表の機会を学会の中で検討すること等が挙げられた。
●国際化に関する取り組み
これまでも企画戦略国際委員が中心となり、米国・中国・韓国の教育工学領域の学会と連携が進められている。今後のさらなる国際化に向けて、会員向けアンケートの中に国際化に関する項目を設けて、会員の国際化に関する意識等の意見を収集した。
●若手研究者育成に関する取り組み
若手研究者の育成の一環として、現在実施されている論文賞・研究奨励賞とは別に全国大会での学生発表に対して賞を授与する取り組みが2023年春大会より実施される。学生を対象にした顕彰は企画戦略WGにおいても議論の過程で重要視されたことではあるが、同時に大会企画委員会が発案し実現にまで至った経緯がある。この取り組みを通して、若手研究者の動機づけを促し、教育工学研究者の人材育成をねらいとする。
●退会者減少に関する取り組み
退会者数の減少に向けた戦略に関しては、退会者に対する退会理由の把握のために現在実施している内容を確認した。現在、退会理由の把握は、退会のためのメール連絡を退会希望者が事務局に送る際、任意で退会理由について記述することを求める(自由記述形式)形で行っている。
●査読者データベース作成の試み
採録論文増加には査読の滞り無い進行が求められるが、特定の研究者への査読の偏りが課題の1つであると考えられる。必要な取り組みとして、各研究者の査読回数や掲載論文執筆者の査読可能領域を整理することが挙げられる。現在、ショートレター編集委員会では、査読者を専門分野別にリスト化する試みを検討中である。
5. さいごに
本WGの取り組みでは、答申の達成目標を実現するために、学会活動に関わる人たちに大規模に「日本教育工学会会員サービス向上と国際化に向けた意識調査」としてアンケート調査を実施するとともに、その結果から得られた現状に基づいて適宜理事会に報告してきた。その結果を受け、担当理事や委員会は、可能なかつ、迅速に対応する必要があるものから改善に取り組んでいった。分析を進めながら改善を進めたこの活動は、学会創設以来はじめての試みとして特筆に値する。それと並行して、個々の改善が進んでいく一方で、答申の達成目標に向け、各委員会単位ではなく、より大きな単位での改善や組織構造を超えた取り組みの必要性も見えてきた。
今後、中期計画を策定して、中長期の継続的な発展を進めていくために2点の議論が必要であると考える。
ひとつは、中期計画に基づいた継続的発展を考える際、引き継ぎ可能な組織運営体制とすること、また、中期計画の実施内容と所掌する委員会の存在や、委員会の枠組みを超えた協力体制の構築である。これらのことは、会長・理事・委員の任期、またその選出方法、学会の委員会の組織構成の見直しが必要となる。
もうひとつは、継続的発展に向けた学会運営に携わる会員にとって、その活動が各人の専門性を活かし、また成長の機会となる仕組みづくりと、そのことに関する会員の理解、共有の推進である。今回のWGの活動では、WGの運営や情報共有の方法、アンケート調査実施に対する項目の整理、取得したデータの量的・質的分析と考察、学会運営に対する示唆の取りまとめなどがそれにあたる。これらはこれまでボランタリな活動として扱われ、高い質を保ちつつ実施可能となったのは、ひとえに個々のメンバーの使命感によるところが大きい。
本WGでは、「学会運営のための人材を育成していくこと」も目的のひとつであった。この点について、上述の2点目で明らかになったことは、他の委員会活動についても同様のことがいえると考える。すなわち、会員の学会運営活動への貢献に学会がしっかりと応えていくためには、学会として委嘱状を交付することで、本務での「社会的活動」などの評価項目に記述できるようにすることや、学会の大会などでその成果を公表する際には、「招待講演」や「特別講演」とするなど、本人そして、学会内外にその貢献を周知していくことである。
これまで学会運営においては、各種委員会の委員には、人的ネットワークを活用しながら、「ご無理をお願いして委員になっていただく」とする文化があった。決してそれを否定するわけではないが、今後は学会運営に、学会員の主体性、専門性が発揮され、その活動を通して、一人ひとりの研究力量の向上や見えるかたちでの成果が生まれていくような体制をとるよう変革していくことが可能であろう。その第一歩として、各種委員会委員を、会員からの公募も可能にする制度としての「入り口」を作ることも考えられる。これらのことにより、学会の継続的発展とともに、学会員一人ひとりが成長していくようなコミュニティとなり、そしてそれが学術や社会の発展につながっていくことになると信じている。
今後具体的に実施していく中期計画策定においては、上述の2点を含め、本WGの成果を基盤として理事会メンバーが一体となって、どのような体制でどう進めていくべきかを、集中的に議論し、実装していく機会を早い段階で設定することが望まれる。